「足るを知る者は富む」~人生の豊かさとは~

秋晴れの中の心地よい木漏れ日 日々思うこと

何気ない時間が幸せ

先日の秋のクワガタ採りでのこと。

採集を終えて、広場に座って息子とのんびりコーヒータイム。天気のいい日に子どもとお出かけ。クワガタが採れた。外でコーヒーも飲んだ。美味しい。

なんとも豊かで幸せな時間です。

でも、こういう何てことない時間を幸せと感じるか、特に何も感じないか、それとももっと楽しいことはないかと思うのか。それは人によるのだと思います。

ぼーっと座ってのどかな景色を眺めながら、なぜ自分がこういった時間に豊かさを感じるのかを少し考えてみました。

幸せを感じる閾値

私の場合、普段の生活が比較的質素なことが理由の一つかなと思います。

あくまで私見ですが、楽しさや満足感って普段との刺激の差によって生まれると思っています。質素な日常の中では、ちょっとしたお散歩でもワクワクできるんです。

逆に、普段から高級リゾートに頻繁に通ったり、高いレストランで食事ばかりしていると、子どもと散歩しながらクワガタを見つけ、お喋りしながらコーヒーを飲む時間では物足りなさを感じるかもしれません。

私は普段から自炊をしたり、あまり物を買わなかったり、旅行はコスパ良く家族で楽しめるプランを考えたりと、わりと質素に暮らしている方だと思います。そんな生活をしていると、今日のような何気ない一日がとても楽しく感じられます。

特別なことをしなくても、十分に幸せを感じる。質素な暮らしが転じて、結果的には簡単に幸せを感じられる人生になっている気がします。質素な暮らしでは、幸せを感じる閾値が下がるとも言えるでしょう。

足るを知る者は富む

私の好きな言葉に「足るを知る者は富む」というものがあります。古代中国の思想家、老子の言葉です。

解釈は様々あるようですが、私は「いま自分が持っているものに満足できれば、人生は自然と豊かになる」という意味に拡大解釈しています。当たらずとも遠からず、といったところではないでしょうか。

そして、老子と似たようなことを言った人が、現代にもいました。ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカさんです。2012年の国連会議でのスピーチでした。私なりに要約すると、「真の貧しさとは、お金や物を少ししか持っていないことではなく、無限の欲に飲まれていくら手に入れても満足できないことだ」という趣旨の言葉。時代も文化も違う二人ですが、似通った思想のように思えます。

豊かな人生とは

こうした考え方は、向上心が足りないという観点から批判されることもあります。もっと手に入れる、もっと稼ぐ、周りの人よりも優れた存在になる。そうした目標を持つこと自体は、決して悪いことではありません。

しかし、ひたすら上を目指したり、他人に勝つことばかりを考えるよりも、今の自分の環境や既に持っているものにも目を向けることも大切です。その上で、自分を内観しながら、自分にとってより幸せな生き方を模索していく感じでしょうか。

お金や時間には限りがあります。忙しい毎日の中では、何かを選ぶということは、別の何かを諦めるということになりがちです。そうしたトレードオフや人生の優先順位を考えながら、自分なりの豊かな人生を形作っていく。これくらいが私のような小さな器に見合った生き方かなと、ふと思いました。

幸せの本質

秋晴れで、いい風が吹いています。

おしゃれできれいな喫茶店で飲むコーヒーではありません。家にたまたまあった粉から、自分で淹れたコーヒーです。

心地よい風を感じながらのんびりしていると、少し離れた所でトンボを捕まえた息子が、ニヤニヤしながらこちらに戻ってきます。そんな姿を眺めながら、幸せというものの本質を見たような気がしました。

特別なことをしなくても、何かをたくさん持っていなくても、ありふれた日常に豊かさを感じること。ヒトってそれで十分幸せなんだと思います。

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